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五〇 更にまた『此頃十首』

頑蘇夢物語
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雨中無聊、また更に十首を作る。

此頃は何処の里も自由主義

平和主義者の粗製濫造

 

此頃は赤の仲間が出没し

凱旋らしく歓迎を受く

 

此頃の大評判は陸海の

軍人共の持逃の沙汰

 

此頃の世は逆まになりにけり

帽子は足に靴は首に

 

此頃は変った事が多くある

検非違使殿が闇の元締

 

此頃は芋泥棒が流行るなり

蔓を残して実を掘って行く

 

此頃は副食物も倹約し

鮭の一切れ二度分に食ふ

 

此頃は雨が連日降り続き

足らぬ作物尚も減らしつ

 

此頃は柴折戸叩く客も無し

室の鼠に庭の野良犬

 

此頃の世は浅ましくなりにけり

小包荷物みな空らとなる

 

公論敵の口より出ずるという言葉があるが、この頃マッカーサー元帥が世界に向って放送 したる言葉の中に、日本の敗北について批評したる文句は、総てとは言わぬが、大体に於 て、我等の予て当局に向って、優々建白したるところを、裏書したるものがある。彼はその 放送の中に、左の如く語っている。

「勝利は立体戦即ち陸海空の完全なる統合によるものであって、他の二つの兵力を適宜に 使用し、これと連繋の下に、他の一兵力を完璧に操作することによって、敵を絶望状態に 陥れたのである。各軍を分離的に使用するが如き方法を避け、且つ出来得る限り正面攻撃 を避けるべきであり、我が統合された勢力は、恐らくは戦史に比類なき比較的僅少の損害 を以て、敵を潰滅したのである。(中略)山下大将は最近マニラに於ける新聞記者との会 見で、彼れの敗因は、分散せる日本軍が、各軍間の協力統合を完全に欠如した為めである と説明して居る。彼は最高指揮権を所有せず、空軍はサイゴンに在る寺内元帥により動か され、艦隊は東京から直接指揮せられ、日本海軍のレイテ湾襲撃も、その実施される五日 前に知ったに過ぎなかったと不満を述べ、しかもレイテ襲撃の詳細は何も知らなかったと 告白して居る。戦争の成功は各軍の完全な一致統合にあるということは、将来への偉大なる教訓である」

これは一方からいえば、自画自賛のようであるが、他方からいえば、全く日本軍の終始一 貫したる一大弱点に向って、鉄槌を下したものである。しかるに我軍には、大元帥は在ませ ども、恐れ乍ら有名無実であり、大本営は徹頭徹尾空名に止まり、当初から徹底したる、而 して一貫したる、陸海軍を通じての、一大戦略も無ければ、戦術も無く、遂に勝つべくし て、敗れねばならぬように、自ら仕向け来ったのであることは、愈々敵側の指摘によっても 明白である。

 

予は毎日新聞社と関係を絶ってはいるが、殆ど二十年に幾かき予の精力の大半を、該新聞 に傾けたる予としては、近来該紙面に現れたる記事に対して、黙止することが出来なかった から、左の書を該社の重役高田元三郎氏に送った。

 

謹啓 時局急転其ノ余リノ急転ニハ門外漢ヲシテ驚倒セシメ 候 日本モ愈々ナヤガラノ滝壺ニ陥入ルモノト存候 定メテ此ノ急転直下ニハ御心配ト拝察候唯ダ本社ニ祈ル処ハ飽 迄皇室中心主義ノ大義ヲ確守シ決シテ社会党や共産党ノ提灯持ヲセザル様祈リ申上候今日が決シテ極所ニアラズ転々又転々 転 所 実ニ能ク幽何卒明日明後日ノ事ヲモ御厚慮願上候 世外善叟只一片本社ニ対スル忠愛ノ至情ヲ以テ乍僭越右申上候高石先生ニハ貴兄可然御鶴声被下度候艸々不具 昭和二十年十月十五日

頑蘇老人

高田先生 悟右

如何に言語の自由の世の中とはいえ、我が万世一系の皇室に対する記事を、余りに乱暴に 取扱う事は、我等臣民として、一読するに忍びず。昨日までは事皇室に関する不敬の咎めを 受けんことを恐れ、戦々競 々として、何れの新聞社にも、皇室記事検閲係なるものあっ て、喧ましく検閲し、それでも心配の余り、その筋の検閲を受くる程であったものが、今日 は麗々しく、共産党員が廃皇論を、宛かも賛成するが如き態度を以て、公々然紙面に掲載 し、平気でいるが如きは、軽薄といわんか、無節操といわんか、実に言語道断であって、こ れは決して毎日新聞に限った事ではなく、総ての新聞皆然りというても差支ない程である が、他の新聞に対しては、言わねばならぬ義理もなければ、何もないから、単に毎日社に対 して、かく言ったのである。前きに鳩山一郎氏に対して、一言したるも、亦た同様の心境に 外ならない。


この頃共産党から社会党に向け、共同戦線を張らんことを申込んだところ、社会党では評議の上、未だ共産党では結党式もせず、その政綱をも示さざるの今日なれば、今日その申込 に応ずべくもなく、姑くこれを保留するであろうとの事であった。これは流石の社会党も、 我が皇室制度を、全廃するなぞという大それた意見には、賛成し兼ねたものと察せらるる。 アメリカの大統領トルーマンは、蒋介石同様、皇室制度の存廃は、日本国民の意思に一任し て可なりといい、あるいはこれを投票をとって決するも宜しからんといっているが、英国や 米国ならいざ知らず、我が日本に於て、皇室制度の存廃を、臣民の投票によって決するなど という事は、実に皇室の尊厳を、一大冒潰するのみならず、我が国体の本義を、根底より覆 えすものであって、実行は勿論、かかることを口にするばかりでなく、思うだけでも、実に 臣民たる者は、恐懼戦慄すべき極みである。しかるに今日の新聞で、特筆大書して、恰かも これも一の方案であるが如く見るに至っては、実に今日の新聞記者たる者の、無節操といわ んか、不見識といわんか、沙汰の限りである。

(昭和二十年十月二十四日午前、双宜荘にて)

 

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