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三六 陛下のマ元帥御訪問まで

頑蘇夢物語
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追々時日が経つにつけて、主上の米国二新聞記者への謁見、及びマッカーサー御訪問の内 容が、新聞紙上に暴露して来た。果然自分が予想の通り、謁見というはこの方だけの事で、 彼等は全くインターヴューであった。その形式は言語ではなく、一問一答ではなかったが、 先ず二新聞記者より、銘々の質問の個条を、前以て提出し、かくて銘々主上に拝謁し、かくて彼等に対して、襄に提出したる質問に対する主上の御回答を記載したる文書を交付せられた。インターヴューとしては、最も鄭重なるものと見てしかるべきであるが、兎に角インタ ーヴューには相違ない。帝王が新聞記者に、インターヴューを与うるという事は、未だ曾て 聞いた事がない。ただ襄きの独逸皇帝ウィルヘルム二世が英国デーリー・テレグラフ紙に、 その意見を掲げたることがあり、それが国際間にも、非常なる波瀾を生じ、また独逸国内間 でも、非常の問題を惹起したる事がある。その外には、未だ曾てかかる例は、聞いた事がな い。しかるに独逸皇帝のは、その事が賢明であったか、なかったかは姑く措き、独逸皇帝が 積極的に自ら為された事であるが、今回のは、甚だ恐れ入った事であるが、むしろ米国の二 新聞記者に、強要せられ給うて、かかるインターヴューを、御許しになった事と拝察し奉 る。絶後は兎も角も、かかる事は、全く空前である。殊に他国の君主とは、国体上特殊の位 地に在らせ給う我が天皇陛下に於て、外国の新聞記者に、拝謁は兎も角、インターヴューを 許させ給うという事は、皇室の尊厳を冒潰する事の最も甚だしきものである。輔弼の責任あ る者は、かかる不自然なる、且つ不都合なる出来事の起らぬよう、予め注意を加えねばな らぬのに、それを袖手傍観したるばかりでなく、むしろそれを幇助し奉りたる如き形跡ある は、実に言語道断の沙汰といわねばならぬ。その御対話については、逐一申上げる事はない が、拝謁者の一人U・P通信社長ヒュー・ベーリーのいう所によれば、日本の将来の民主主 義政体は、米英民主主義に、そのまま追随したものではないであろうが、日本国民に、民主 主義政体の価値を認識させる事が、天皇陛下の御希望でもあり、意図される所であるとの御意見であったと、申している。また同じく拝謁者の一人「ニューヨーク・タイムズ」太平洋 方面支局長フランク・クルックホンの語る所によれば、朕は英国のような立憲君主政体を望 んでいると答えさせ給うたとある。また更に驚くべき事は、陛下が、東條元首相は、日本軍 が真珠湾に不意打ちの攻撃を加えた時、宣戦の詔勅を利用したが、天皇陛下には、詔勅をそ のような形で利用させる積りではなく、必要ならば、通常の公式の形で、東條元首相が、宣 戦を布告するものと、予期していたと仰せられたと語っている。彼等の語りたる所は、固よ り主上より御交付あらせられたる、御回答の文句そのままであろうが、我等は如何に考えて も、これが主上の御心とは、信ずることが出来ぬ。英国式立憲君主政体では、それは英国の 国体にはしかるべきであろうが、それがそのまま日本の国体に当て嵌まるべき筈はない。英 国には英国式があり、日本には日本式がある。英国の所謂る議会中心主義なるものは、日本 の国体とは相容れぬものがある為めに、我等は長い間、世間の迷夢を破ることとした。しか るにそれが、更に議会中心主義に復活する如き事あっては、是に以て我が皇国国体の破壊と いわねばならぬ。かかる思召の至尊にあらせらるべき筈はない。これらも畢竟至尊の聖旨を 矯めて、輔弼の臣僚共が、勝手に作為したものであろう。洵に以て恐れ入たる次第である。 米国の新聞記者が、かくの如く我が天皇陛下を、日本皇国民主化の、急先鋒たらしめんとし ているのは、洵に不敵至極である。しかし彼等としては、これも致方ないが、我等としては、洵に彼等をして、かかる傍若無人の振舞を為さしめたる事を遺憾とする。しかるに天下 8 を挙げて、何人もこれに対して、一言の異議を発する者の無い事は、泊に以て、今日の時勢とは申し乍ら、遺憾千万である。

尚おまた天皇陛下御自身が、宣戦購和の権を御持ちになり、海陸軍の統帥者で在らせら れ、大元帥であらせらるる。しかるに宣戦の詔勅を月並的に、官報にて発布すべきものと思 うていたが、真珠湾攻撃に即応すべく、臨機の処置をとった事は、朕の意思ではなかった と、仰せられたる事は、如何に考えても、考え得べき事ではない。当時の東條は、首相兼陸 相であった。彼は勅許を得ずしては、何事をも為し得る者ではない。況や国家の運命を一擲 に賭けたる、かかる大事件に於て、彼が独断専決し得べき筈はない。これも恐らくは、陛下 の御真意ではなく、この文書を構成したる者共が、勝手に作製して、御手許に差出したるも のであろうと思う。かく解釈する以外に、我等は今更何等解釈すべき途は無い。

(東京二十五日発SF=同盟)ニューヨークタイムズ紙太平洋方面支局長フランク・クル ックホーン氏は、天皇陛下並にマッカーサー元帥の許可を得て二十五日天皇陛下に拝謁し たが、同氏は拝謁について次の通り報じている。 天皇陛下は日米開戦に関する予の質問に答えられて、陛下は戦争政策の要具とすることに 反対し、又東條元首相は日本軍が真珠湾に不意討の攻撃を加えた時に宣戦の詔勅を利用し たが、天皇陛下は詔勅をそのような形で利用させる積りはなく必要ならば通常の公式の形 で東條元首相が宣戦を布告するものと予期していたと仰せられた。また日本刻下の問題については、天皇陛下は食糧及び住宅が刻下喫緊の問題であると答えられた。 予は「陛下は最新兵器が将来戦争を起す考えを抑止するとお考えになられますか」と質問 したに対し、天皇陛下は次の通り答えられた。 「恒久の平和は銃剣の威嚇や武器の使用によって達成維持されるものと考えられない、平 和問題を解く鍵はどんな武器も使用せぬ勝者敗者を共に含めた自由な国民間の和解にあ る」 予は質問事項を文書にして既に提出しておいたが、天皇陛下は回答が出来ていると申され た。予が拝謁の間から退った後で、天皇陛下の御回答を手渡されたが、それは次のような ものであった。 一、朕は英国のような立憲君主政体を望んでいる。 一、朕は日本が将来文化、文明の向上に平和的に寄与し諸国家の共同体において当然占む べき地位を回復することを確信している。(「日本産業経済新聞」昭和二十年九月三十日)

またマッカーサー御訪問については、既に記したが、その後東京の各新聞が、陛下がマッ ーサーと並んで立たせ給う写真を掲げたとて、発売禁止をしたが、米国側からは早速苦情 が出で来り、やがてそれが取消となった。これは別に大した事でなく、むしろかくあるべき 事は、誰にも予想せられていた。しかるにその後また陛下とマッカーサーとの御対話の要領 が、日本に報ぜられ来った。それによれば、陛下は現状に頗る満足していらせ給う事が判かり、且つマッカーサーが「若し日本がこれ以上交戦を続けたらんには、日本は全く破滅とな るであろう」と言ったことにも、御賛成遊ばされた事が書いてある(下掲同盟通信記事参 照)。当時の御談話の内容は、固より何人も窺い知ること能わず、しかもこれは米国から英 国経由の報道であって、逐一信憑する訳ではないが、かかる思召では、正直の処 我等日本 国民は、意気昂がらない。それは日本の底力は、左様な薄弱なものではないからだ。しかし 今日に至って、復た何をかいわんやだ。

(参考)昭和二十年十月四日、「同盟通信」海外電報
天皇陛下マ元帥御訪問の模様
(ロンドン十月一日発BBC)、日本天皇陛下のマッカーサー元帥御訪問の模様は次の通 りである。

陛下並にマッカーサー元帥は、若し戦争が継続し、聯合軍が武力を以て日本本土に侵入し ていたとすれば、日本及聯合軍双方の死傷は甚大なものとなり、日本は完全に破壊されて いたであろうという点で意見を同じゅうされた。陛下とマッカーサー元帥とは、次に聯合 軍の占領方式に付て種々話され、陛下は現在までの進行状態に「極めて満足である」旨仰 せられた。

(昭和二十年十月七日午前、双宜荘にて)

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