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三 敗戦論者の筋書

頑蘇夢物語
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元来今度の事件は、決して偶発に起こった事ではない。予 め敗戦論者共の陰謀によって仕組ま れたる狂言である。彼等は無条件降伏の理由としてソ聯の参戦、原子爆弾の使用を挙げている。し かしソ聯の参戦は、八月八日の通告によって、原子爆弾の使用は、八月六日の広島に於ける投下に よって、初めて出来したるもので、彼等が所謂和平運動なるものは、恐らくは東條内閣の頃からの 出来事で、東條内閣の没落も、恐らくは和平運動者の毒手に罹かったものと思わるる。小磯内閣 は、恐らくは和平運動者の手によって出来たもので、鈴木内閣に至っては、内閣それ自身が、全く その為めに出で来たったものと認めらるる。決して原子爆弾とか、ソ聯の参戦とかいう事が、原因 でもなければ、動機でもない。動機は正さしく英米追随である。

殊に嗤う可きは、絶対降伏を発表せざる以前は、原子爆弾は恐るべきであるが、奇くもこれを避 くべき手段方法さえ講ずれば、決して非常の禍害を蒙むる事はないというような事を、新聞にも書 き立てさした。手短かに言えば、原子爆弾恐るるに足らずという事である。ところが無条件降伏の 発表以来は、原子爆弾は実に人類を滅絶するに足る一大威力を持つものであって、人類の福祉、民生の幸運を希う為めには、絶対にこれを避せねばならぬ。即ち原子爆弾の為めには、あらゆる犠 牲を払っても、即ち満洲を失うても、朝鮮を失うても、台湾を失うても、樺太を失うても、日本人 たる誇りを失うても、面目を失うても、如何なる物を失うても、差支なしというような結論を生じ 来たった。即ち彼等陰謀者にとっては、正にこれ原子爆弾大明神様々であって、全くこれが為めに 降伏したのではなくして、降伏した事実を、これによって申訳を作ったというに過ぎない。初め は、さほど恐るるに足らず、心配にも及ばずとして、その舌が未だ乾かざるに、忽ちかく言い做し たる事を見れば、彼等がこれを以て、一種の辞柄となしたる事は、間違いもない。ソ聯の一件もま たその通りである。満洲軍の守備は厳然動かないという事は、彼等は屢々明言している。しかるに ソ聯の参戦があった為めに、掌 を反すが如く、無条件降伏をせねばならぬ理由はない。これもま た彼等敗戦論者にとっては、好き辞柄であった。彼等は原子爆弾の発明者に向かっても、スター ンに向かっても、彼等の目的を達する良き援助を与えた事を、感謝するの外はあるまい。これは聊 か皮肉の文句に似ているが、事実を有りのままに語れば、全くこの通りである。

それから殊に驚ろくべき事は、国体擁護という一件である。実は国体護持という文句が、最近各 新聞の第一面に、特筆大書せられているから、これは何かの魂胆であろうと考えさせられた。日本 国民が、今日に於て、改めて国体護持などという事を、仰々しく言い立つべき、必要もなければ、理由もない。しかるにかく藪から棒に、繰り返し巻き返し、書き立てる事は、敗戦論者等が、何か 仕組んだ筋書であろうと睨んでいたが、果然その通りであった。即ち敗北論者は、トルーマンに向 かって、彼等が日本に降伏を指定したる条件中には、日本主権者の位地については、何等関与する 所なきものと、認めて差支なきやと、質問したところ、向うからその通りとの返事を得たとて、宛 かも鬼の首を取ったる如く、これを天下に広告し、無条件降伏をしたればこそ、皇室の御安泰を維 持する事が出来たという事を吹聴し、皇室の御安泰を保持する為めには、何物を失うても差支ない という剣幕で、我等こそ日本国家の一大忠臣であると言わんばかりに、 ち連日新聞に掲げられたる国体云々は、畢竟 如上の筋書によって出来たものである。

しかし我等の考うるに、日本の国体は、日本国民の力によって維持すべきであり、日本の皇室 は、日本国民が擁護し奉ることが、当然の務めである。しかるに外国人の許可の下に、恐れながら 我が皇室を託し奉り、天皇陛下の主権を存置する事は、洵に以て恐懼の至りといわねばならぬ。も し外国人が、一旦許可したものを、再びこれを取消す時には、何を以て国体を擁護し、何を以て皇 室を奉戴するか。如何に工面工夫を尽しても、如何に千思万考しても、外国人が「イエス」といお うが「ノー」といおうが、日本の国体は日本人によって、日本の皇室は日本臣民によって、擁護す るの外はない事は、彼れ敗北論者といえども、今一歩を踏み込んで考慮すれば、密然貫通するであろう。

しかるに、唯だ彼等が皇室の存続には干渉しないという事で、宛かも我が皇室を富嶽の安きに置 き奉りたるが如く、手柄顔に吹聴し、これが絶対降伏の一大功徳であるというが如く、吹聴する事 は、甚だ以て片腹痛き次第といわねばならぬ。万一外人が今後とても、皇室の御存続に干渉せずと しても、我等は全く我が皇室を、外国人仁恵の下に措くものであって、実に危険千万であり、実に 汚辱至極であり、洵に以て天照大神の御神勅に対して申訳なき次第である。彼等はかかる交渉を外 人としたその事さえも、全く日本臣民の臣道に違反している。されば彼等はこの一事に於ても、自 ら恐懼謹慎すべきに、殊更に手柄顔で、それを吹聴するなどという事は、彼等は日本の国体を何と 心得ているか。皇室の尊厳を何と心得ているか。
且つ皇室の存続は彼等が許可するとしても、至尊の主権には彼等は容啄せずとしても、日本国は 至尊の統治し給う所でなくして、外国兵が屯在し、その総督たるマッカーサーが統治する事である からして、至尊の主権も、至尊の御位地も、全くマッカーサーの下に置かせ参らする事になってい る。主権は認めたというも、その主権自身は、米国の一軍人マッカーサーが、米、英、ソ、支の兵 を率いて、日本に屯在し、その男の下に置かるるという事になれば、恐れながら、陛下の主権は、全く紙上の空文であって、実際の主権は、マッカーサーに在りといわねばならぬ。それを以て、果 して国体の擁護が出来たと言うか。皇室の尊厳が保たれたと言うか。洵に以て驚き入たる次第とい わねばならぬ。

それで殊更に国体云々の文句を担ぎ出して来たのは、全く原子爆弾同様、ソ聯の参戦同様、彼等 が国民の耳目を眩惑せんとする一の手品に過ぎない。則ち国体も皇室も、彼等敗北論者にとって は、彼等の所志を到達する為めの一種の方便、一種の仮託、一種の口実、一種の保護色に過ぎない というも、差支あるまいと思う。
(以下、省略)

 (昭和二十年八月十九日午前、双宜荘にて)
頑蘇夢物語
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