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三一 天皇尊厳の冒潰と支配階級の幇間化

この頃東京よりの来客あり、曰く、去る九月二十五日、天皇陛下には、紐育タイムズ新聞西太平洋支局長と、米国ユーナイテッド・プレス社長とに、前者は午前十時、後者には午後四時、同日に別々に謁見仰せつけられたという事であるが、日本の新聞では「謁見」と書いてあるが、米国記者側では「対話」の積りであったという事だ。何れ遠からずその記事は、彼方の新聞に出て来るであろうと語っ...
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三○ 勝つべき戦争に自ら敗る

ある人は、負けて定めし悔しかろうというが、正直の所、予が悔しいのは、単に負けたから悔しいというではない。勝つべき戦争を殊更に負けたから、悔しいというのである。また勝つだけの手当を尽さず、手順を経ず、大早計に、自分から無条件降伏を申出たから、悔しいのである。譬えばここに試合があるが、大抵試合は三番勝負と定まっている。しかるに今度の戦争は、真珠湾マレー沖、何れも...
頑蘇夢物語

二九 日本の心的去勢

近頃日本人が米国人の手先となって、日本を米国化せんとする事に、これ日も足らざる有様は、只々不思議に考えらるる。今日米国人は、如何なる手段を執れば、日本が再び起ちあがって、米国に復讐が出来ぬようになるかと、それのみを考えている。その手段として、日本から立ちあがる事の出来ぬように、あらゆる物的条件を剥奪する事を努めている。武器は愚ろか、刀さえも取上げるという始末...
頑蘇夢物語

二八 看板の塗替

何が驚ろいたかといえば、よくもかく手早く看板が塗替られたかと、驚くばかりである。昨日まで氷水屋であったのが、早くも既に焼芋屋となった位は当り前で、その変化の候急にして、且また手際の素早きこと、とても昔の天勝などが及ぶ所ではないと考えらるる。何が証拠といえば、新聞である。ラジオである。それによって現われたる一切の政治、社会、あらゆる現代の世相である。 日本人に...
頑蘇夢物語

二七 朝鮮及び台湾との別離

朝鮮について一言する。朝鮮と日本とは、地質学者の語る所によれば、従来は地続きであったが、陥没して日本海が出来、互に海を隔てて相望むこととなった。しかし日本人種と朝鮮人種とは、本来同一人種である。固より双方とも混合人種であるから、十から十まで、総てが同一とはいわれない。先ず日本の人種について語るに、ある者は今日の日本人は昔から日本に住んでいたという者がある。あ...
頑蘇夢物語

二六 自嘲

裏切るという言葉は、言葉そのものからさえ不愉快である。況や事実そのものに於てをやだ。自分の一生を顧るに、自ら人を裏切った覚えは、閻魔の庁に出ても、無い事を断言し得る。これに反して、我れ自ら我れを裏切った事の余りに沢山であるのに、驚かざるを得ない。人から裏切られるさえ面白からぬに、我れ自ら我れを裏切る事の面白からぬ事は、尚更である。誰れも好んで己れを裏切るもの...
頑蘇夢物語

二五 日本の地理的条件

日本国は自然の勢に放任すれば、とても自給自足は出来ぬ。豊葦原瑞穂国といって、世界第一の天恵に浴したる国であるかの如く語るが、冷静に考うれば、決してその通りではない。気候は温和であるといい得るが、国を挙げて湿気多く、外国人にとっては、決して健康地ではない。土地が豊饒であるといっても、それは部分的の事で、細長き国の中央には、それを縦断する大なる山脈が走り、時とし...
頑蘇夢物語

二四 日本は侵略国に非ず

マッカーサー元帥を初め、アメリカの国論ともいうべきは、何れも日本人に敗戦を自覚せしむるということが大切である、日本人は未だしみじみ、敗戦という事を、自覚していないといい、また我国の当局及び指導階級も頻りに鸚鵡返しに、その通りの言を繰返している。しかしこれは無理の話である。日本国民には、初めから終りまで、敗戦という事実は、大本営からも、情報局からも、新聞雑誌の...
頑蘇夢物語

二三 盗人猛々し侵略国呼ばわり

自分は戦争犯罪とか、戦争責任とかいう言葉が、今日通用することについて、聊か不審がある。成程捕虜虐待とか、病院船を打沈めたとか、大きくいえば、原子爆弾などを無暗に投下したる者は、戦争犯罪者といっても可かろう。しかし勝った方から負けた方を吟味して、彼は犯罪者である、これは犯罪者であるなぞという事は、如何なるものであるか。例えば角力をとるに、勝ち負けの勝負がつけば...
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二二 和平工作と鈴木前首相

「八月十五日以来予の手許に、既知未知の人より、投書少なからず。概して予の同情者が多いようだが、中にはその反対の人も、若干見受けらるる。左に掲ぐるは、何れも葉書であり、且つ従来予と没交渉の人である。今、その標本として掲げて置く。 前略 遂に国家はこんなになった貴下は如何の感かある未だ一族と共に老腹掻切つた噂もない抑この戦争を献策し賢弟たる健次郎氏屢言はれた「オ...
頑蘇夢物語

二一 戦争犯罪者と戦争挑発者

ある人曰く、貴君はやがて戦争犯罪者として、米国側より引っぱらるるという評判だが、貴君の覚悟如何。予曰く、予は何等この戦争について、公私何れの方面から見ても、罪を犯したる覚えがない。しかしもし彼等が戦勝国の威力を以て引っぱるとせば、逃げもせず、匿れもせず、立つ可き処に立って、言う可き事を言う積りである。予としては、この戦争について、予が執りたる一切の行動につき...
頑蘇夢物語

二〇 敗戦の原因(一一)

予は決して他を咎むるではない。唯だ自ら不明を愧ずるのみである。何やら一生を顧みて、全く 裏切られて、徒だ骨を折ったような気持ちがないでもない。予は官権に対して、民権論者であり、 貴族主義に対して、平民主義者であり。藩閥政治に対して、国民政治者であった。しかし藩閥政治 が漸く凋落して、民権論者が勝ちを制したる 暁 は、所謂る政党横暴の時代となった。せめて普通 ...
頑蘇夢物語

一九 敗戦の原因(一◯)

去る九月五日東久邇首相宮の、議会に於ける施政方針御演説中に左の一節がある。 『天皇陛下に於かせられては、大東亜戦争勃発前、我国が和戦を決すべき重大なる御前会議が開 かれた際、世界の大国たる我国と米英とが、戦端を開くが如きこととならば、世界人類の蒙るべ き破壊と混乱は測るべからざるものがあり、世界人類の不幸是に過ることなきことを痛く御診念 あらせられ、御自ら明...
頑蘇夢物語

一八 敗戦の原因(九)

只今第八十八臨時議会の開院式に於ける勅語を奉読した。これは平常の勅語に比すれば、極めて 意味多きものであるが、その意味について、我等不肖には、千思万考しても、領会し能わざる文句 がある。この勅語は、当然輔弼臣僚の手によって、起草せられたるものであろうと思うから、ある いは陛下の思召を、充分我等に領会せしめ得ざる恐れがあるのではないかとも思う。我等は決して 勅...
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一七 敗戦の原因(八)

近頃は日本の高位大官の人達は、国民に向って、荐りに日本が戦敗国である事を自覚せよと、国 民学校の先生が、生徒に申し聞かせる如く、申し聞かせている。しかしその人々は、これ迄「勝っ た勝った」と、国民を長い間引っ張って来た人達である。殊に本土決戦では、必ず敵を叩き潰すこ とは、尚お元兵を博多の沖や浜で叩き潰した同様である事を、固く保証していた。しかるに今日に な...
頑蘇夢物語

一六 敗戦の原因(七)

今上天皇に於かせられては、むしろ御自身を戦争の外に超然として、戦争そのものは、その当局 者に御一任遊ばされることが、立憲君主の本務であると、思し召されたのであろう。しかしこれが 全く敗北を招く一大原因となったということについては、恐らくは今日に於てさえも、御気付きないことと思う。これについて我等は、決して主上に向って彼是れ申上ぐるではないが、かく主上を 御導...
頑蘇夢物語

一五 敗戦の原因(六)

甚だ恐れ多き言葉ではあるが、主上には殆ど人間として、一点の非難を申上ぐ可き所なき、完全 無欠の御人格と申しても差支ないが、但だ万世を知ろしめす天皇としての御修養については、頗る 貧弱であらせられたることは、全く輔導者の罪であり、また御成長の上は、輔弼者の罪でありと申 さねばならぬ。不肖予の如きは、僭越にも、自ら身を挺して、若し輔弼の臣たる能わずんば、せめ て...
頑蘇夢物語

一四 敗戦の原因(五)

本日(九月三日)棚の上の古い箱を引出して見たところ、十九年の七月頃、当所―双宜荘ーに滞 在したる頃の若干の書類がはいっていた。いま試みにその中の一、二をここに掲げて置く。 自分と東條前首相との関係については、別に語る所があるが、昨年七月一日、家族は熱海の晩晴 草堂より沼津を廻って、御殿場で予を待ち受けしめ、予は塩崎秘書を伴い東京に赴き、東條首相に 面会し、そ...
頑蘇夢物語

一三 敗戦の原因(四)

極めて端的に申上ぐれば、今上陛下は、戦争の上に超然として在ました事が、明治天皇の御実践 遊ばされた御先例と、異なりたる道を、御執り遊ばされたる事が、この戦争の中心点を欠いた主な る原因であったと拝察する。これについては輔弼の臣僚たる者共が、最も重大なる責任があること と信じている。恐れながら、予は客観的に、歴史家として、今上陛下について一言を試みて見たいと思...
頑蘇夢物語

一二 敗戦の原因(三)

話は少し前に遡るが、満洲事変は、竹藪から出た 筍 ではなくして、縁の下から畳を持上げて、 座敷の真ん中に飛び出したる筍のようなものだ。物事が筋道が通って、当り前に運べば、陸軍の数 名の佐官級の将校が、これ程の大事を仕出かす筈はない。しかるに無理に無理を加え、圧迫に圧迫を重ねた結果、勢の激する所、ここに到ったのである。それは大正から昭和の初期に至る迄の日本 の...
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